3月3日に開催された 「IMPACT SHIFT」のセッションレポートを執筆しました。
IMPACT SHIFTは、近年注目されている「インパクト投資」をはじめとする、社会的な変革や社会課題解決をテーマとしたカンファレンスです。
▼全国100名以上の名以上の社会起業家たちとインパクトのこれからに向き合うカンファレンス「IMPACT SHIFT」2024年3月3日に東京にて開催
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000135708.html
▼IMPACT SHIFT ガイドブック
https://uneri-inc.notion.site/IMPACT-SHIFT-90bc0ad09d644a3388d3904394a761ff#f7fb38e3422e42cebb3b0181db2d1445
近年の業界の流れとしても、業界団体「インパクトスタートアップ協会」の設立をはじめ、金融庁がインパクトコンソーシアムを設立し、さらに政府も「インパクト投資を加速させる」といった内容を国会で言及するなど、産官学民のあらゆるセクターが連携しながら社会課題解決に向けて動き出しています。
一方、インパクトという言葉には、ロジックモデルなど事業に対するアウトプットやアウトカムといったものの設定、その解決すべき課題に対しての複雑さを受け止めた上でどのようなアプローチが必要なのか、必要な専門性やステイクホルダーは誰なのか。そもそもで、アウトプットやアウトカムといったKPIの設定の難しさ、インパクト投資の広がりに対するROIの限界など、インパクトを取り巻く様々な論点や課題も並行して存在しています。
こうした論点や課題も議論する場として「IMPACT SHIFT」があるように思えます。
今回、イベントレポートを掲載するにあたり、単純なセッションレポートのみならず、取り上げたセッションテーマに対する補足やポイントも記事内に入れ込んでいます。
ここでは、レポートの紹介とあわせて、そのあたりも少し触れてみたいと思います。
▼インパクトという共通言語、資金と組織の多様化と向き合う──社会課題を取り巻く環境と変革のための一歩を
IMPACT SHIFTの基調講演セッションのレポートです。
この20数年来の社会起業家の変遷から、いまインパクトが盛り上がりをみせている歴史的背景、そこから、「インパクトとは何か」を探る内容になっています。イベント全体をけん引する内容であり、各セッションにもつながる議論になっています。
特に、「インパクトとは何か」という定義や共通言語がないことが最後にでてきています。インパクト投資のグラーデションは2020年にSIIFがまとめた「インパクト投資拡大に向けた提言書」でもそのグラデーションの区分けがされていますが、そこからさらに時代とともに深化してきている様子もうかがえます。
▼参照)「インパクト投資拡大に向けた提言書2019」およびキービジュアル集
https://www.siif.or.jp/information/2020-04-20-2/
また、後述の資本主義と贈与経済の関係について議論したセッションにもつながるように、「インパクト」が注目を浴びることによってこぼれ落ちるものにもいかに目を向けるか。ここでも「インパクトとは何か」という議論にもつながる補助線があります。
インパクト測定の時間軸やその測定そのものへの批評的な目線を向けること、ロジックモデルなどによってこぼれ落ちるものへのまなざしや、ステークホルダー間における共通的な認識の統一など、いくつもの議論があります。
セッションレポートの最後でまとめているように”「インパクトとは何か」という問いはスタートを切ったばかり”であり、”中間支援団体やインパクト投資ファンド、民間企業、政府、さらに市民をも巻きこみながらともに考えることが大切”であり、IMPACT SHIFTというイベントが問いかけるものはまさにここに集約されているのだと感じます。
▼贈与や寄付は人間社会の基盤。効率性ではくくれず、欠かせない個人の思いや共感によるお金の流れ
セッション「資本主義は贈与経済と交わるのか-非営利セクターを取り巻くシステムの変容-」についてのレポートです。タイトルのあるように、インパクトシフトという名前のイベントにおいて、「贈与」をテーマにした本質的な議論が交わされたセッションとして、大変興味深い内容になりました。
インパクトという言葉が広がる反面、記事内でも触れているように、「効果的利他主義」に陥ることにより、こぼれ落ちるものを見過ごさす、人の共感性や利他的な視点をもつことの大事さを考える機会となりました。
セッションでは具体的に語られていないものも文中で補足したり私なりのコメントも随所にちりばめたりしております。例えば以下のような記述がそうです。
効果的利他主義における批評性は、本セッションで議論を呼んだものでした。
””効果的”とはいわば「最大多数の最大幸福」である。であれば、この多数に入りきれないこぼれ落ちる人は救えないのだろうか。インパクトや効率性という数値測定や評価軸による数字の罠に陥ることで見逃しているもの、効果や効率性では測れないものこそが公助や共助といった人間社会そのもので支えなければならないものではないだろうか。まさに本セッションが問いかける大きなテーマである。”
後半の議論である、なぜ寄付や贈与をするのか、そこにあるフィランソロピーに内包される「ステュワードシップ」という補助線を引くことによって、見えてくるものがありそうです。日本では、あまり馴染みのない「ステュワードシップ」という言葉。この意味について考える場があっても良いかもしれません。
”フィランソロピーとは、寄付を出す側もただお金を出すだけでなく、解決したい課題への強い思いを団体に託し、受け取った団体はそのお金と気持ちを受け取ったことに対する責任を持って行動し社会貢献や社会課題解決に取り組む「ステュワードシップ」という構造がそこにはある。”
最後の締めでは、本セッションをまとめながら、いかにして資本の論理に巻きこまれないようにしていくかということをつなげています。
”資本の論理や効率性といった数字の罠に陥らず、社会が見過ごしがちな問題に光を当て、アクションを積み重ねることによって世の中を動かし、時に世の中を変革する動きへとつなげていくという非営利団体が取るべき行動。当事者の声に耳を傾け、共感のコミュニケーションによって時には公助や共助を促進し、一部には事業性を持ってビジネスで課題解決を促進する動きも含めた多様なお金の循環を生み出す非営利団体というの存在とその重要性について再認識された気がする。”
▼官民の共創で社会課題解決に挑む。プラットフォーム化した行政を使い倒し、インパクト創出に向けた次なる一歩へ
官民連携、官民共創をテーマに、行政と民間企業によるインパクトを生み出す事業とはなにか、官民のあり方のこれからについて議論が行われました。
ここでは、セッション内でも触れられているSIBについて少し解説したいと思います。
記事内では概要しかまとめていませんが、この5年ほど、SIBによる事業の成果などがまとまりつつあります。内閣府のウェブでも、各自治体における事例報告がまとまってます。
◎PFS事業事例集
https://www8.cao.go.jp/pfs/jirei.html
SIBおよびPFS(Pay for Success)の事業内容をみてもわかるように、一定の成果が見える化される事業として、導入しやすいのが「医療・健康」分野です。大腸ガン検診や糖尿病予防事業、医療相談関連などがそうです。他にも、乳がん検診の受診率向上なども事業として成立しそうです。
その理由としては、受診率や検診率の向上といった、目に見えやすい数値化と、それにともなう社会保障費がどれだけ減少できるかというのが見積もりやすいということが挙げられます。諸外国では、イギリスやアメリカにおける再犯防止事業などは良く知られているSIB事業です。
お隣の韓国もSIBは盛んで、児童福祉施設の児童教育SIB事業などが実施されています。障害を抱えた子どもらが退所後の自律能力が不足していることで生活保護受給者となることを防ぐものです。また、貧困対策としての教育事業なども諸外国ではSIBが導入されるなど、その国々の社会課題や社会保障がカバーすべき領域をどこまで捉えているか、ということが見えてきます。
一方、上記の内閣府の報告書を読み込むとわかりますが、PFSやSIBなどを導入するにあたっての数値設定やそれらをどのように測定するかなどの課題感も浮き彫りになっています。また、事業によっては設定した数値にまったく達成しなかった事例もいくつかあり、課題設定や成果目標の練り直しなども議論の俎上にあがってきます。
同時に、PFSやSIBといった成果目標による事業執行が、すべての行政サービスに導入できるとも限りません。上記でも触れているとおり、ある程度の数値化や結果が見えやすいものに限られており、医療や健康分野の導入というのはそうした観点からもやりやすいものの、他の分野における導入はしっかりとした事前の議論や導入にあたっての方法論も検討しなければ失敗に終わる可能性もあります。
PFSやSIBが銀の弾丸となるわけではなく、しっかりと、行政がやるべき政策と、そうした政策を実行するにあたっての民間企業とのさらなる共創も重要になってきます。
PFSやSIBといった事業など、行政と民間企業との連携・共創が今後ますます広がるにあたり、しっかりと事業執行にあたっての効果測定や事前の算段、その成果をしっかりと記録し、横展開できるものは横展開し、失敗や課題があった場合はそれらをきちんと振り返るという一連のプロセスが大切だと、改めて感じるところです。
▼アカデミアが生み出すインパクトの多様性──新たな回路で社会との接続を試みるアプローチ
最後が、アカデミアとインパクトのあり方についてのセッションです。
アカデミア発のスタートアップの潮流を踏まえた、アカデミアと社会課題の現在地について議論されています。
宜保さんよりKIIによるアカデミアとインパクトファンドの動きや現在進行で取り組んでる様子について語っていただいています。それらを受けて、ミラツク、エッセンスの 西村さんによる新たな問いの投げかけや、「DE-SILO EXPERIMENT 2024」で人文系研究者とアーティストらによる新たなコラボレーションの可能性を示した デサイロ の 岡田さんらが、アカデミアと日々取り組んでいるプロジェクトを通じて見えてきた可能性や課題について語っていただいています。
モデレーターには 水谷さんが登壇し、自身が2020年に制作した「インパクト投資拡大に向けた提言書2019」を通じて見えてきたインパクト投資のグラデーションと、それらをいかに次のフェーズへと進めて行くか、という議論が展開されています。
▼参照)「インパクト投資拡大に向けた提言書2019」およびキービジュアル集
https://www.siif.or.jp/information/2020-04-20-2/
ここでも議論がされているように、「インパクト」という言葉が何を指してるのか、どんな課題解決やどんな社会的な影響力を与えているのか、その詳細についてきちんとした言語化をすべきだ、という指摘があります。社会性や社旗的価値という言葉は、可視化しづらいものであるがゆえに、経済性という目に見えやすい価値に対して劣勢になりがたいです。だからこそ、様々な形で見える化する(もちろん、その見える化には定量的な以外も含めた)が大事といえます。
さらに、人文社会学系の知は、今後AIなどが発展する社会においてますますその価値が問われてくるように感じます。東浩紀さんが言うところの「訂正する力」のような、これまでの文脈を再構築することが、人文社会学においてこれから求められるような気がします。それらも含めて、アカデミアがより社会との接続点をつくり、アカデミアと社会との連携による新たな可能性を拡げていくべきだと感じるセッションでした。
私がセッションのレポートを執筆したのは上記4本ですが、他のセッションも同サイトに掲載されており、どのセッションも有意義な議論がなされた様子が伝わります。
引き続き、これらのテーマを追いかけつつ、これからの「自律協生社会」に必要な知や社会システムのあり方、批評などを探求していければと思います。